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東遠州地方のお祭り

 

東遠州地方のお祭りは 「二輪車で御所車形式の屋台または江戸型山車を

持ち、神田ばやしをルーツとする横須賀発祥のお囃子を使っている」

いうことで定義づけられます。

地域的には、天竜川、大井川の間で、現代のような祭りが宿場町、東海道

筋、城下町等で行なわるようになったのは、江戸時代後期からです。

そして近年に入り、昭和40年代後期第2次祭りブームが起き山間部の

すみずみに迄祭り屋台が造られ、屋台を引き回す祭りが増加の一途を辿りま

した。

屋台には、笛,太鼓のお囃子がつき物であり、お祭りを始めた地区では、挙っ

て先進の地区にお囃子を習いに行きました。

太鼓は比較的簡単に習得出来ますが、笛はなかなか難しく途中で止めてしま

う人が多かったようです。

そのような状況下において、祭りに笛吹きを派遣するという目的で出来た

のが『祭囃子 遠州葵会』でした。

 

 

 

 

 

東遠州地方のお囃子、笛吹きとは

 

東遠州地方のお囃子は、「江戸中期、横須賀城主の城変えで江戸より赴任

してきた家来が、横須賀の町民に教えたのが始まり」と言われています。

このお囃子は神田囃子の元になったものと同じと思われ、かなり難しく

1年365日休まず練習し、ようやく1曲聞いてもらえるようになる程度で、よ

ほど好きでないと出来ません。

この様にして笛を覚えたものが、各地区の祭りに笛吹きとして出向いて行き

ます。

横須賀、森 ,掛川 では50年程前より笛吹きの会が発足しています。

会所属の笛吹きは千人程で、会に入っていない者も含めると2千人程度

はいると思われます。

 

 


 

 

東遠州地方の祭り屋台

 

祭り屋台は、『箱屋台』と『花屋台』に大別されます。

箱屋台は箱の周りに豪華な刺繍で飾った幕、頂部は朝顔を回した

「日坂風」。豪華な彫刻を付け、頂部は欄干に手すりを回した「森風」

その森風に小太鼓の乗る所を外に出した「掛川風」などと3つのパターン

に分けられます。

最近の人気の屋台は豪華な彫刻を施したものです。

花屋台は、横須賀、大東、浜岡、小笠で使われています。

江戸にルーツを持つ山車で回りに花をあしらった屋台で、山車もしくは練り

と言われています。

 

 

 

 

遠州祭囃子 葵会の歴史と系統

 

葵会は昭和51年 菊川町の「旭テック内郷土芸能クラブ」が発祥です。

横須賀生まれの田中興平氏が中心になり他16名でお囃子を習得。

昭和53年会社から独立し、19名で大頭竜神社を拠点とし葵会が発足しま

した。

昭和60年山車(屋台)の製作 昭和63年居囃子 の製作。

会員数も60人を超え、25年間順調に発展し続けています。

お囃子は、横須賀生まれの田中興平氏の師匠である三浦誠二氏の吹く笛で、

柴田流を名乗っています。

三浦氏から田中氏ヘ、現会長の中村学へと受け伝わり、会員皆、柴田流の

を吹いています。

 

 

 

 

遠州葵会の挑戦

 

葵会は、東京都下、青梅市のお囃子の会と交流をもっています。

青梅は今でも、地踊り、手こまい、その他各種の踊りなど、江戸下町天下祭を

思わせる 江戸の祭りの形態をたくさん残しています。

通りのちょっとした空き地で通りに面して櫓を組み、その上でお囃子、踊りを

行う居囃子という櫓が有ります。

是を参考に、葵会もお囃子にあわせた踊りやたくさんのレパートリーの為に、

組み立て解体の簡単な居囃子を造りました。

本拠地の大頭竜の祭典では、屋台と居囃子で祭りを盛り上げています

近年和太鼓のグループが話題になっておりますが、葵会でも有志での和太鼓

のグループがあります。

葵会は笛吹きを養成するのが最大の目的ですが、あらゆる機会を捕らえ、

芸に磨きを掛ける為に、屋台・居囃子持参で大きなイベントや結婚式・祝い事

などの各種行事に、積極的に参加しています。

また会員一同、皆様のご依頼・御要望に応えたく思っておりますので、出演

依頼のご一報など頂ければとお待ちしております。

 

 

 

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