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岩波庄右衛門正字(まさたか)。のち河合惣五郎を通称とした。
慶安2年(1649)生。宝永7年(1710)5月22日歿。
信濃国上諏訪に生まれる。
若くして上諏訪を離れ伊勢国長島の大智院の住職叔父秀精法師を
頼って長島藩(松平)に仕官、致仕(延宝4・5年から天和2・3年頃までの間)
して江戸に出、吉川惟足(きっかわこれたる)に神道・和歌を学び、
貞享2年(1685)ごろまでには芭蕉の門に入った。
貞享4年8月芭蕉の「 鹿島紀行 」の旅に随伴し、
元禄2年(1689)3月、「 奥の細道 」行脚を思い立った芭蕉に随行。
宝永6年(1709)将軍家宣が諸国に巡国使を派遣するに際し、
曽良も本姓名に返って随員に加えられ、
壱岐に赴いた際病を得て生涯を終えた。
弓術・医術の心得もあった。
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