嵐牛 蔵美術館      RANGYU MUSEUM OF ART

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俳句の旅:史跡 蓑虫庵

みのむしあんさちゅうあん

伊賀市上野西日南町1820番地

  旅 跡蓑虫庵とは蓑虫庵 門蓑虫庵芭蕉堂(蓑虫庵内)

服部土芳嵐牛蔵美術館収蔵:三冊子

旅  跡

伊勢神宮を初詣の帰路に伊賀上野に立ち寄りました。

伊賀上野は芭蕉生誕の地であり、多くの関連史跡が有ります。

今回、芭蕉庵五庵の一.蓑虫庵を訪ねてみました。

ここでも収蔵品について新たな発見が有りました。

 

嵐牛蔵美術館収蔵品:服部土芳俳諧本

三冊子(白冊子・赤冊子・黒冊子)

※これらが有名な三冊子であることが確認出来ました。

 

蓑虫庵とは

蕉門伊賀連集服部土芳が結び、元禄元年(1688)入庵。

後に芭蕉が訪ね、面壁の像をえがき

「みの虫の音をききにこよ草の庵」と賛したと言う。

この上五をとって【みの虫庵】と呼ばれるに至った。

〓伊賀市・財団法人芭蕉翁顕彰会文献による〓

 

(はっとりとほう)

服部 土芳

服部氏。保芳。通称半左衛門。木津三郎兵衛保芳の三男。

伊賀上野の藩士。服部家の婿養子となり、

養父と同じく内海流の槍術をもって仕えた。

貞享3年(1686)30歳で致仕。

俳諧は芭蕉に学び、初め芦馬と号す。

のち蓑虫庵に改め、元禄2年秋の頃芦馬を土芳と改めた。

極めて丹念篤実な人で、俳諧の筆録類は多かった。

 

 

蓑虫庵 門

 

 

蓑虫庵敷地内 芭蕉堂

 

 

当美術館収蔵品:服部土芳俳諧本

三冊子(白冊子・赤冊子・黒冊子)

三冊揃っていますが、初版ではなく1774年、

1801年の再刻本と思われます。

白冊子の始列は蘭更の序でしょうか?

※これらが有名な三冊子であることが確認出来ました。

 

土芳は芭蕉の義仲寺の法事に参加しており

春隆の作品にその時の様子が描かれています。

(渡辺崋山の描いた物の写)

これは掛軸方式に表装されており

当美術館に収蔵されています。

掛 軸

解 説

 クリック後の拡大画像でご覧下さい!

 

旅 跡蓑虫庵とは蓑虫庵 門蓑虫庵芭蕉堂(蓑虫庵内)

服部土芳嵐牛蔵美術館収蔵:三冊子

 

最終更新2005.1.21.

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